宮澤賢治 Miyazawa Kenji 2005 6 24

 知人から頂いた資料によると、
宮澤賢治は、自費出版をしていたそうです。
その作品は、「注文の多い料理店」だったそうです。
 しかし、同書は、当時、全く批評の対象にすらならなかったのです。
宮澤賢治は、生前に、出版社から原稿料を得たのは、たったの一度きりでした。
 これに対し、私が思うことは、
宮澤賢治は、大衆受けする「娯楽もの」を書けば、本が売れたのでしょうが、
それでは、宮澤賢治の名前は、歴史に残らなかったでしょう。
 同じ資料には、このような記事もあります。
「ゴッホは、存命中に、たった1枚の絵しか売れなかった。」
 未来の歴史家は、こう書くかもしれません。
「19世紀末から20世紀は、科学技術は発達したけれど、精神性の低い時代だった。
娯楽の世紀だったと言える。」
 もし、21世紀も、同じようなことになってしまったら、
実に、悲しいことです。

ゴッホ Van Gogh 2005 10 4
 季節は、芸術の秋という声を聞くようになりました。
私は、ゴッホの絵が好きです。
それは、ゴッホの人生に共感を覚えるからです。
 ゴッホの人生は、不幸にも、悲劇的な結末を迎えてしまうのですが、
ゴッホは、貧しい人たちや恵まれない人たちを救おうと、
牧師を目指したことがあるのです。
 その願いは、叶えられなかったのですが、
常に、ゴッホの心は、貧しい人たちや恵まれない人たちのためにありました。
 しかし、ゴッホの人生は、短かったのです。
挫折と苦悩が、ゴッホの人生を縮めたのかもしれません。
その一つに、「芸術性」と「経済的な問題」があったのかもしれません。
 ゴッホが、もっと、大衆受けするような絵を描けば、
経済的な問題に直面しなかったのでしょうが、
それでは、ゴッホの芸術は、完成しなかったでしょう。
(ゴッホは、存命中に、たった1枚の絵しか売れなかったのです)。
 ゴッホの生活は、弟が経済的に支えたのですが、
その弟も、経済的に豊かではなかったのです。
 こうしたゴッホの人生に共感できない人は、
ゴッホの絵を持つ資格はないと思います。
 もし、所有しているとしたら、
投資のためか、名誉欲を満たすために所有しているのでしょう。
 聖書には、こういう言葉があります。
「心貧しき者は、幸いである。神の国は、あなた方のものである」。
「心貧しき者」とは、挫折や苦難によって苦しむ者、自らの小ささを知る者のことです。



































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